(配布資料をOCRで文字にしたもので、読みとりの誤りがあるかもしれないことをご了解ください)

キャンプ・シュワブ沿岸部埋立修正案としての
くい打ち桟橋方式の問題点について

2010年4月30日
桜井国俊
沖縄大学教授(環境学)
(環境アセスメント学会評議員)

 米軍普天間飛行場の移設問題で、政府は名護市辺野古のキャンプ・シュワブ沿岸部を埋め立てる現行案を修正し、くい打ち桟橋(QIP)方式を軸に造る方向で検討しているとの報道(2010年4月29日沖縄タイムス)があった。また鳩山首相は、5月4日に来沖し、仲井眞知事に政府の考え方を説明し、あわせて名護市の稲嶺市長とも会うことを希望しているとのことである。報道によれば、くい打ち桟橋方式が修正案として浮上した理由は「環境への配慮」とされるが、3000本とも言われるくいを海底に打ち込むことは環境にやさしいとは決して言えない。以下に、環境面から見た辺野古・大浦湾海域の重要性について改めて確認し、その上でくい打ち桟橋方式の環境面の問題点を指摘する。

1.辺野古・大浦湾の海は生物多様性の宝庫であることを認識の前提とすべきである。

  • 辺野古沖・大浦湾は海草・藻場の面積が沖縄沿岸で最も大きいのが特色である。防衛省が行った辺野古アセス調査でも、海草類の生育範囲が辺野古沖で488.3ha、大浦湾で112.7haとなっており、アセス調査でジュゴンが確認された安部・嘉陽沖の46.53haに比べ格段に大きい(13倍)。このことは辺野古沖・大浦湾がジュゴンの生息域となる可能性が高いことを示している。

  • ジュゴンは、従来、辺野古沖を含む沖縄本島東海岸で目撃されてきた(1998年・2003年ジュゴン目視結果)。2002年には市民参加型調査(ジャングサウオッチ)により、キャンプ・シュワブ前の浅瀬には良好な状態の海草藻場が分布していることが把握され、2004年にはジュゴンの食み跡が確認されている。にもかかわらず軽飛行機とへリを使った防衛省の辺野古アセス調査では確認されなかった(観察されたのは、嘉陽沖の2頭と古宇利沖の1頭の計3頭)。その原因は、キャンプ・シュワブでの米軍の上陸演習や防衛省の辺野古アセス調査による静穏環境の擾乱がジュゴンによる忌避行動を招いたということである可能性がある。ところが防衛省の辺野古アセス調査はこの点についての検討を欠いており、妥当とは言えないというのが専門家の見方である。

  • つまり、こうした撹乱要因を取り除けば、辺野古沖・大浦湾はジュゴンの生息適地となる可能性が著しく高い。

  • 辺野古沖・大浦湾の重要さはジュゴンのみに限られない。大浦湾はラッパ状に大きく切れ込んだ深い湾であり、このような大きさと深さを持った湾は、沖縄県内では他にあまり見られない。この湾は、非常に長い時間の中での断層の活動や、氷河時代に湾全体が陸になっていたときの川の浸食作用によって、形作られたものと考えられる。この特質から、辺野古・大浦湾では、「サンゴ礁」「海草藻場」「マングローブ・干潟」「深場の泥地」といったバラエティに富んだ環境がひとまとまりで見られ、こうした多様な環境が辺野古・大浦湾に類まれな生物多様性をもたらしている。例えばサンゴについて見ると、ハマサンゴ類、コモンサンゴ類、キクメイシ類、ミドリイシ類など、様々な種のサンゴが見られる。また、大規模な群集(ユビエダハマサンゴ群集、塊状ハマサンゴ群集など)も見られる。貝類についても、外洋性、内湾性、中間的な貝類など、様々な貝類相が各環境で見られる。加えてマングローブ、アジサシ類、ジュゴンなどが見られることも辺野古・大浦湾の特色である。
    2010年10月に名古屋で生物多様性条約締約国会議(CBD/COP10名古屋)が開催される。開催国日本において、生物多様性に最も富む地域は沖縄であるが、中でも生物多様性が豊かなのはジュゴンが棲む辺野古・大浦湾であり、この地域は世界が注目する生物多様性のホットスポットである。
    従って、議長国の日本が辺野古・大浦湾の生物多様性を保全できるかどうかに世界中の人々が注目していることを肝に銘ずるべきである。

2.くい打ち桟橋方式の環境面の問題点

  • 辺野古沖・大浦湾の第一の特色は、ジュゴンの生息に重要な地域であるということにあり、それは広大な海草藻場の存在に依拠している。くい打ち桟橋方式では、光が遮断され、あるいは減少し、光合成が阻害されて海草藻場の大量消失が避けられない。また波浪や海流の変化により、リーフ内の海草藻場の生息適地が減少すると考えられる。このため、北限のジュゴンの生存にとって、くい打ち桟橋方式の方が優れているということは全くない。

  • 上述のように辺野古沖・大浦湾には多様な貝類相が見られるが、くい打ち桟橋方式により特に浅瀬の海草・藻場や砂地を生息適地とする貝類・甲殻類が消失することとなろう。

  • リーフ内の海流は、林立するくいによって複雑化し、海中や海底の環境が攪乱される。ジュゴンにとっては海草藻場の消失、移動の際の物理的障害、騒音などにより、桟橋直下もまたその周囲も、生息に不適な場所となることは確実である。

  • 塩水による腐食からくいや桟橋を守るための塗装などから溶出する有害物質による動植物への影響が考えられる。

3.結論

  • くい打ち桟橋方式であっても上記のように自然環境の問題は多々あり、「埋立方式より影響が少ない」、「環境に配慮している」と結論するのは早計である。そもそもが、これほど生物多様性が豊かな海に大型の米軍基地をつくること自体が問題であり、鳩山首相の言うとおり「許しがたい自然の冒涜」であることに変わりはない。

  • なお、くい打ち桟橋方式案で進むのであれば、環境アセスメント法第28条に基づき、アセス手続きを改めて行うことが不可欠であることを指摘しておきたい。

  • それは、現在米国から、くい打ち桟橋方式などの普天間・修正案について、現行アセスを活用し、移設遅れをさけるように圧力がかけられているとの報道があるからである(2010年4月29日沖縄タイムス)。しかし現行案と位置・規模及び工法が異なるのであれば、明らかな事業の見直しであり、環境アセスメント法第28条に基づき、方法書手続きに戻って環境アセスをやり直すべきであり、現行アセスを活用するというのは論外である。

  • また防衛省が実施した辺野古アセス自体が、エセアセスであり環境アセスとは到底呼べない代物であることを改めて強調しておきたい。エセアセスであることは、@アセスの対象となる事業の内容(事業特性)が予測の前提となる程度に明らかにされていないこと(軍用機の機種、飛行回数、飛行経路、飛行時間帯など示されず。海砂の採取(沖縄県の12年分)をアセスの対象外とするなど)、A方法書がコミュニケーションの手段となっていない(公告・縦覧が適切に行われていない)、B法28条違反で後出しに次ぐ後出しがなされた(例えば準備書段階で4ヶ所のヘリパッド設置を追加)、C方法書以前にアセス法違反の現況調査(20数億円)を実施した(掃海母艦ぶんごを導入して反対運動を威嚇しつつジュゴン調査機材を設置。サンゴを傷つける)などの点から明らかである。

 以上